酒の席ならどんな話もOK

粉ひきの男はいう。

「聞いてくれ、みんな、おれのいうことを。

まずはじめに、いっとくべきことは、おれが酔っぱらってるってことだ。

自分でもしゃべり方がおかしいってわかっている。

もし、おれの話が混乱したら、それはサザークのビールのせいだと承知してくれ。

じき、年寄りの大工とその妻の伝説と生涯の話をしよう。

若い学生がやってきて、いかに大工の妻を寝とったかを……」

ここで町会長が怒りだす。

そういった話は、罪深いし、馬鹿げているというのである。

これに対して、粉ひきは、「古きわが友オズワルドよ、これも人生さ」と答える。

酒場においては、わいせつで、不道徳な話も許容されるのだ。

たとえ坊さんが同席していても、そこは、ざっくばらんで、民主的な席なのであるから。

どんな話であっても、それもまた人生の一面であるなら、他の話と同じようにここで語られる権利を持っているのだ。

司会者は実力のある人物に

酒場でさまざまな人々が混じりあうことは、支配者側には不安の種であった。

十四世紀には多くの農民一揆が起こったが、その決起の相談は酒場でなされることが多かった。

そしてしばしば、酒場のホストがそれを指揮したのである。

タバドのおやじも魅力的な男である。

酒場の主人は、さまざまな人々が集まっている場をうまくとりまとめなければならない。

チョーサーはそれをマーシャル・イン・ア・ホール(広間の大将)と呼んでいるが、

タバドのおやじはそれにふさわしいわけである。

彼は酒席での平等性を保ち、けんかを仲裁し、座を白けさせないようにする。

『カンタベリー物語』では、まずはじめに騎士の話がある。

それが終ると、司会者であるタバドのおやじは、次に修道僧に話させようとする。

ところがこの時、粉ひきが割りこんできて、ぜひ自分に話させうという。

彼は酔っぱらって青くなっている。

誰でも参加できた酒場

まずタパドのホスト(主人)を紹介することにしよう。

「わがホストは私たちを大歓迎した。

めいめいが席をすすめられ、食事がはじまった。

彼は私たちの期待できる最上の料理を出した。

酒は強く、飲むのは楽しかった。

そして、わがホストはおどろくべき男で、広間の大将にふさわしかった。

彼の目はきらきらしていて、腹はちょっと太めであった。

チープサイドでこれほどの男は他にいなかった。

そのことばは大胆で、しかも賢明であり、如才なかった。

男らしさのすべてを彼は兼ねそなえていた。

さらに彼は陽気な男で、食事が終ると、彼は面白おかしく、スポーツやその他の話をした。」

さまざまな国々のさまざまな階級職業の人々が一堂に会して、飲食をするというのが、宿屋=酒場の空間の特徴である。

酒場で始まるカンタベリー物語

4月の心地よい雨が降り、さわやかな風が吹き、花が咲きだすと、イギリス人はその陽気に誘われるように、

カンタベリー巡礼に出かけたくなる。

「そんなふうな季節のある日、サザークなるタバド亭で、信心深い私はカンタベリーへの巡礼に出発しようと準備していた。

夜になって、この宿に種々雑多な29人の一行がやってきた。

彼らはやはりカンタベリーへの巡礼者であった。

この宿の部屋やうまやは広々していて、居心地がよく、すべてが最高だった。」

十四世紀末に書かれたというジョフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』はこのようにはじまる。

タパドに集まった巡礼者は、坊さんから、商人、職人などさまざまな階級職業の人々であり、彼らは一人ずつ話をはじめる。

チョーサーの酒場

ロンドンの旧市街からロンドン橋を渡って、テームズ川の右岸に出ると、ここからパラ・ハイ・ストリートが南へのびている。

この道路はロンドン市への正面玄関で、ここを訪れる王侯貴族は、この道を美々しい行列で進んだ。

パラ・ハイ・ストリートを南東へ行くと、トーマス・ベケットの墓のある聖地カンタベリーがあり、

さらに進むと、大陸への出発点であるドーバーに着く。

ロンドン橋を渡ったあたりのサザークは、カンタベリーへの巡礼者や、大陸への旅行者、

また、夜おそく到着して、ロンドン橋が閉まっているので、入市できない訪問者たちの宿が並んでいた。

十四世紀にはバラ・ハイ・ストリートの東側にタバド・インという宿屋があった。

タバドというのは、騎士が鎧の上に着る上衣または、伝令使の紋章入りの官服のことである。

酒を作った女たち

イギリスではビールつくりの女をブルースターと呼んでいる。

女たちは酒をつくり、男たちをもてなしたのであった。

十四世紀の前半は、ヨーロッパは危機に見舞われた。

あるいはそれは、中世が終りかけ、ルネサンスの時代がこようとする過渡期現象だったかもしれない。

13155年には大飢饉がヨーロッパ中にひろがり、1338年には100年戦争がはじまった。

1347年には黒死病がヨーロッパに上陸した。

それはアジアから黒海沿岸のクリミア半島のカファ(フェオドシア)に達し、この港にワインを運んできて、

帰りに魚、毛皮、小麦を積んで帰るイタリアの商船に乗ってヨーロッパに姿をあらわし、

シチリア、トスカナ、ジェノア、ヴェネチアに飛火し、そこからヨーロッパ中に燃えひろがった。

しかし十四世紀の後半から、ヨーロッパは危機のうちにも、しだいに活気のある庶民生活をとりもどしはじめる。

酒場もまた新しい時代をむかえようとするのである。

鉄は再びリサイクルされる

現代では、交通量のはげしい都会の道路で水道管が破裂し、水が吹き出すといった事故のニュースをよく耳にします。

家庭に配管されている細いパイプは、ほとんど塩化ビニールなどの化学製品ですが、道路の下に埋設された太い管は、多くのばあい水道もガスも鋳鉄管と呼ぶ鉄と炭素の合金で作られたものです。

溶けた鉄を高速で回転する水平に置いた筒状の鋳型に流しこむと、遠心力で鋳型の内壁に鉄が集まりパイプができるので、遠心鋳造法と呼んでいます。

能率が良いので、鋳鉄管は近年はおもにこんな方法で作られ、さび止めの塗装をして、地中に埋められています。

長年使っていると、地中の水分などの影響で、外側から腐食したり、上を通る車の振動などで割れてしまいます。

銅の鐘と同じように、これで一生を終わり、掘り出され、屑鉄となって、ふたたび鉄管づくりの原料になるのです。

ロートアイアンは腐食に強い、美しいゲートです。

壁を抜くこと

今までの常識では、壁を抜くことができるなんて考えられないことでした。

今では外壁塗装 大阪で当たり前のようにこなします。

集合住宅では共有部分と専有部分があって、専有部分の室内の壁はコンクリートの耐力壁を除いては取り除くことは自由にできます。

ただ、自分の家の扉でも共有の廊下に面している鉄の扉に手を加えることはできないし、バルコニーと外部に面しているサッシも替えることはできません。

また建築法規だけではなく管理組合の定まりもあります。

経験豊富な業者に頼んで、ご近所とのトラブルがおきないようにしたいものです。

男の”担保力” 3

「物事も、その時点だけ見ていると、よく分からない。
いいと思った人や事業が長続きしなかったり、失敗したり・・・。
しかし、見ていると他人が見向きもしないときに、男一匹の信用力、担保力をつけて、次に備えたかどうかが、事業を成功させるか、財を築くか、の勝負所だ。
もちろん、定年後の自分の就職口ぐらいすぐ見つけてもらえる信用や人徳があれば素晴らしい。
しかし結局、自分の力で事をなそうとすると担保が無ければ、何もできないよ」。
・・・男はそう言われて自分の担保力を計算しています。
確かに、自動車にしろ、ほかの家電製品にしろ、担保といえるほどの価値はありません。
着物や洋服から腕時計まで日常の生活用品を担保に小金を貸してくれた質屋も、物余りと保管場所の低うが割高で採算に合わず姿を消しました。

朝と夕に摂りたいビタミン

ビタミンCは、体の細胞を結合させる組織であるコラーゲンを合成させて、血管や粘膜、皮膚、骨を強くします。
また、免疫力を高めて風邪をひきにくくしたり、抗がん作用もあります。
ストレスに対抗するホルモンの生成にも関わっています。
不足すると、瓜邪をひきやすくなったり、出血しやすくなります。
ビタミンCを多く含む食べ物は、柑橘類やいちご、パイナップルなどのくだもの、ブロッコリー、キャベツ、ピーマンなどです。
ビタミンCは水溶性で、2~3時間で排出されてしまうので、朝・夕摂るのがおすすめです。
ビタミンCはたばこやストレスで大量に消費されます。
日頃からストレスを感じている人やたばこを吸う人は、多めに補給したいものです。
そういった人にはミネラルなども一緒にとれるモリンガがオススメです。

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